2023.8.16wed - 8.31thu
このたびSANBANCHO GALLERYではプライマリーとして初個展となる、
多田 知史(ただ さとし)の「embrace」を開催いたします。
「embrace=抱く」とは、心や存在の感触を描こうとする多田の想いを表した言葉です。
自身の代表作「ルルー」を通し、定めに抗おうとする人、社会的マイノリティを抱える人がembraceされ、
その心に一筋の光を当てられるよう願いを込めました。
〇ルルーとは
多田の中心的な作品モチーフである「ルル―」とは、”定め”に抗おうとする者の表れです。
悪夢を体現させるナイトメアとしての宿命を負って生まれたルルーは、
次第に悪夢ではなく吉夢を見せたいという意志を持ち、自身に課せられた”定め”に抗っています。
ルルーの在り方は悪夢を見せることを是とするナイトメアの世界では異質なことであり、
同時に、私達の世界における集合意識の強制性や社会的マイノリティという問題にも重なります。
〇ルル―の誕生
「生まれがなんであっても胸を張って生きればいいじゃないか」
2019年、「ルルー」の構想は差別や障害に対する多田の言葉から始まりました。
初期には、少数派や差別という自身の経験を基に作品制作をしていた多田でしたが、
過酷な経験を掘り下げすぎることで、絵筆が持てなくなることも多々ありました。
「つらい感情をそのまま絵具でぶつけるのは、苦しい。
心の深いところにある正直な気持ちや記憶を評価されるのは
生きていく上で更に苦しいことになりそうです。」
そんな言葉を残して筆を置いた時期もありましたが、少しづつ自身のトラウマではなく、
それを包み込む暖かさや心の感触を表現したいという想いに制作の軸が変わっていきます。
苦しみながらも制作の軸を定めたこの時期に、「ルルー」作品の着想は生まれました。
〇ルル―完成への遷移
着想後、「ルルー」の制作を始めた多田は、5年もの歳月をかけて
如何に自身の想いを作品として昇華できるか探究を行い続けました。
技法では、ジョルジュ・ルオー、マーク・ロスコ、奈良美智、徳岡神泉などの作品を研究。
培ってきた自身の技術や認識を再構築することで、これまで色彩のパズルを組むように構成していた作品から
歴史を捉えつつ空間の感触を主軸に描くようになるなど、その制作手法を大きく変化させてきました。
同時に、古代ギリシャの神話や哲学、自身のルーツでもあるキリスト教、
マルクス・ガブリエル『新実在論』を中心とする現代哲学などを幅広く参照しながら
作品の背景やその意義を追求していきました。
「ルルー」の名は新約聖書の著者であり医者と画家の守護聖人でもあるルカから名前を引用し、
その造形はギリシャ神話に登場する神オネイロスが基になっています。
眠りの間に人の心を休ませ、同時に神意を伝える神とも謂われるオネイロスは、
眠りを神格化した兄弟神ヒップノスと共に探究期の多田作品に度々登場します。
こうして長い探究期間を経て完成した「ルルー」は
多田自身の作家人生を集約した「Bornシリーズ」として歩み始めることになりました。
〇最後に
本展は「Bornシリーズ」の序章と位置付け、メインとなる100号の作品「声」を中心に5年の月日で描き続けた様々なデッサンの集合体なども展示することで
ルルーが生まれた月日も含めて一つの作品としております。
SAN BANCHO GALLERYのプライマリーとして初個展となる多田の世界観を、
是非とも会場でご高覧いただければ幸いです。
SAN BANCHO GALLERY
Comments